
「AIが5時間働く」を信じて人員を削る気?
AIが人間の5時間分の仕事をこなす。 そんな折れ線グラフが会議資料に載った翌週、外注を一本切ろうと言い出す役員が出てきても不思議はない。 社内でAIエージェントの導入を任された担当者なら、想像しただけで胃が縮むはずである。 グラフを作った研究者は人を減らせとは一言も書いていない。 減らした後に回らなくなった仕事を拾うのは、導入担当者本人になる。 しかも同じ10倍という伸びの中身が、区間によってまるで違う。 3分の仕事が30分に伸びても10倍。 30分の仕事が5時間に伸びても10倍。 算数は同じなのに、AIが越えた壁の高さはまったく違う。 では5時間の側はどこまで信じていいのか? 同じ10倍に別の難所 AIの能力を人間の作業時間で表す物差しがある。 METRが提示したtime horizon(時間の地平線)という指標で、AIが半分の確率でやり遂げる課題を人間の所要時間で表す。 仕事時間に翻訳された数字はとにかくわかりやすい。 わかりやすすぎて、丸投げしていい時間の保証書に見えてくる。 半分の確率で5時間分の仕事を仕上げる新人を、あなたは一人で客先に出せる? 2026年10月に公開された統計の論文が、METRの公開データを計算し直した。 対象は228の課題と26種類のAIである。 作業時間をAIにとっての難しさへ変換すると、2〜30分の区間がほぼ平らになる。 人間が2分で終える作業と30分かかる作業とで、AIから見た難しさはあまり変わらない。 3分から30分への伸びは、データ上は緩い坂道を上った伸びになる。 30分から5時間への伸びこそ、急な坂を登りきった伸びだ。 目盛りの間隔がばらばらの定規で、伸びた長さを比べていたようなもの。 10倍という看板を進歩の共通単位として拝むのは、さすがに雑すぎると思う。 物差しを組み替えた論文 AIの成長を否定する論文を期待した人は、肩透かしを食うだろう。 METRの集計では、時間指標が過去6年間でおよそ7か月ごとに倍増している。 論文はその上昇傾向を再検証の対象から外した。 組み替えたのは、作業時間と難しさを結ぶ計算方法のほうである。 新しい推定方法は交差検証(データを分けて当てはまりを確かめる方法)で、従来の計算方法を上回る評価を得た。 線は本物で、目盛りに修理が入った。 METRが元データを公開していたから、外部の研究者が統計の目で計算をやり直せた。 詳細は言えないが信じろという態度で作られた指標なら、目盛りの歪みに誰も気づけなかったはずだ。 開いたデータが自分の指標の弱点まで直させた格好で、公開した側の度量は素直に褒めたい。 人間の29%は推定値 小数点まで並ぶグラフにも、推定のシールが貼られた部分がある。 228の課題のうち29%は人間の実測時間が取れないか無効と判断され、専門家の見積もりで埋めてある。 AIが課題を終えるまでに実際に何時間かかったかも、時間指標には入っていない。 「5時間分」と聞いて5時間で終わると思った人は、きっと多い。 対象もソフトウェア作業が中心になっている。 営業の見積もりも経理の月次締めも接客のクレーム対応も、228課題の中には見当たらない。 プログラムの課題で目盛りを刻んだ定規で経理部の机の数を決めるのは、無茶というものである。 METR自身の解説を読むと、長さによる落差もはっきりしている。 人間が4分未満で終える課題ならほぼ100%成功し、4時間を超えると成功率は10%未満に落ちる。 失敗した9割の後始末を誰が背負うのか、グラフには何も書かれていない。 AIの能力を一本の数字にする方法は時間以外にもある。 Epoch AIのECIは50以上のベンチマークを混ぜて一つの尺度にしている。 分野をまたいだ比較に強く、何時間分という直感的な読み方には向かない。 時間表示と人員表は別物 時間の物差しは便利で、捨てる理由はどこにもない。 ソフトウェア作業の現場に近い尺度として、試験の点数を並べるだけの比較表を一歩抜けている。 困るのは、半分の確率という但し書きを外して「5時間働けるAI」とだけ書く宣伝のほうだ。 7か月ごとの倍増が続けば、半年後の営業資料には今のほぼ倍の時間が並ぶだろう。 そのたびに人員表を書き換える会社は、修理前の定規で家の柱を切り続けることになる。 AIの時間表示は未来の人員表とは別の紙で、測った課題の種類と実測の割合と失敗後に人が戻る工程まで並べて、ようやく任せる仕事の境目が引ける。 その三つを手元で並べられる導入担当者は、5時間という看板を見ても外注の契約書を守り抜ける。 参考資料 https://arxiv.org/abs/2610.12466 https://arxiv.org/html/2610.12466v1 https://arxiv.org/pdf/2610.12466 https://metr.org/blog/2025-03-19-measuring-ai-ability-to-complete-long-tasks/ https://epoch.ai/eci







